『フェミニスト・ファイト・クラブ』
フェミニズムの潮流
別に女性の権利を声高に主張するつもりはないし、男性をやりこめようなんてつもりも毛頭ない。でも、一連の医大入試のニュースでは現実をつきつけられて、心底がっかりした。そんな噂はわたしが大学受験生だったウン十年前にすでにあったから、うっすらと感じてはいたけれど。同時に現役で、あるいは一浪二浪して医学部に合格した高校の同期や先輩後輩の顔が思い浮かんだ。たしか五浪くらいした医大生とアルバイトでご一緒したこともある。彼らはいまどんな思いでいるだろう。何をいまさらと思っているだろうか。
そんななんとなくくさくさした気分のところに、一冊一冊を丁寧につくっておられる印象を持っていた版元から本書が刊行された。海外学会に参加する機中で一気読みする。『フェミニスト・ファイト・クラブ』という勇ましいタイトルながら、ユーモアたっぷりに「戦い方」を示す好著だった。
まず、目次からしておもしろい。
Part 1 敵を知る こんな態度に気をつけよう
Part 2 自分を知る 自分で自分をダメにする女性について
Part 3 思わぬ落とし穴 「典型的な言われ方」を把握し、うまく対処する方法
Part 4 自分の言葉で話す 「とんでもない」しゃべり方をしないために
Part 5 ふざけるな。給料を払え 交渉用トラの巻
Part 6 男性ならどうする? いいところは貪欲に盗もう
見てのとおり、女性なら誰もが経験しそうな社会のあれこれについて、ユーモラスに実態を記述し、その対策法を紹介しているのだ。
各パートには「大人の女は泣かない? そういう歌は、間違いなく男が書いた」とか、「男の辞書に染まらない『用語ハンドブック』」とか、「その正体は?:まことしやかなことを言うヤツの見分け方」などなど、ああ、20代の自分に読ませてあげたかったと思うことが書かれている。
#MeTooなんてムーブメントが起こったりして、現代はフェミニズムに新しい流れが生まれたようには見える。ほんとうにそうだろうか。
もちろん、女性が味わっている被差別を表に出すことは大切だ。けれども、世の中はあいかわらず男性医師が多く、女性閣僚が少なくて、保育園探しに走りまわったり、子育てに悩んだり、介護を主に担うのは女性だ。生物学的な性の役割は変えられないけれど、それ以上のことを女性性が担っている現実を変えるには、女性擁護ではなく人権擁護の視点に立たねばならないのではないだろうか。
少子化で生じた労働力不足を外国人で補うのも一手だろう。でも、女性が結婚して子どもを持っても働きやすい社会にすれば、この問題の何割かは改善される。もちろん、そのためには保育園の待機児童ゼロや希望通りの介護を受けられるシステムを実現させるだけではなく、そもそも男性が家事や育児、介護を自分のこととして自然に考えられる世の中でなければならない。つまり、社会のシステムというハード面と、わたしたちひとりひとりの心の持ちようというソフト面の両方を変えなければならない。
わたしにとってのフェミニズムは、女性の権利を主張することではない。女性も男性も同じ権利を持っていて、同じ義務をシェアすることだと考えている。ガラスの天井を破るのではなく、そもそもガラスの天井をつくらない、すでに天井があるのならみんなで協力して外すのが新しいフェミニズムの潮流ではないだろうか。そう、フェミニズムは女性だけのものではない。社会全体で考えるべきことなのだ。
この考えに賛同していただける? だったら、本書はそんなかたの胸にすとんと落ちる爽快な一冊である。
The comments to this entry are closed.
Comments